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広島高等裁判所岡山支部 昭和27年(ネ)40号 判決 1954年2月19日

控訴人 原告 原野敏男

訴訟代理人 植木昇

被控訴人 被告 渡辺源一

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金二〇、〇〇〇円及びこれにす対る昭和二五年二月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その二を控訴人の負担とし、その三を被控訴人の負担とする。この判決は控訴人勝訴の部分に限り執行前担保として金五、〇〇〇円を供託するときに仮は執行することができる。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三八、六五〇円及びこれに対する昭和二五年二月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴人は合式の呼出を受けながら終始本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなすべき答弁書によれば控訴棄却の判決を求めるというのである。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において(イ)本件事故の発生した道路の幅員は二間足らずであつて、一方には人家の塀があり、他方は道路から三尺程下つて田がある。(ロ)牛の親爪を剥ぎとられたのは右前脚、「もも」の肉をえぐり取られたのも右脚である。(ハ)損害のうち(三)の牛耕依頼の人夫賃というのは昭和二四年度の麦播に牛をつれた人夫一人を五日間雇つた費用である。(二)仮に原審において主張した条件附契約解除の意思表示並に契約解除の意思表示がなされなかつたとしても、控訴人は更に昭和二七年一月二八日被控訴人に対し書留内容証明郵便を以て到達の日より五日内に和解契約上の債務の履行をすることを催告したが支払がなかつたので、同年二月五日被控訴人に対し和解契約を解除する旨の意思表示をしたと述べたほか、いずれも原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として控訴代理人は甲第一乃至第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一乃至三を提出し、原審証人小林運平、下多数美、植田穰、山本友三郎、灰原弘の各証言、原審並に当審における控訴人本人尋問の結果及び当審における検証の結果を援用し、被控訴人は原審証人河野茂市の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第一、二、四号証の成立を認め同第三号証の成立は不知と述べた。

理由

昭和二四年九月八日岡山県久米郡久米村大字領家額田病院前の県道上において、東方津山市方面に向い被控訴人の運転進行中の貨物自動車が、西方に向い控訴人が曳いて歩いていたその所有の農耕用黒毛牝牛(五才)と遭遇通過する際自動車の車体右側及び車輪が牛と接触激突したことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第一号証によればその結果牛は右腸骨外角骨折、右前肢外側蹄壁裂傷、下腹部並に臀部各右側擦傷二ケ所等の傷害を受けたことを認め得べく、右認定を左右するに足る措信し得べき証拠はない。

ところが右事故発生の原因につき、控訴人は自動車運転者である被控訴人が自動車を運転進行中人畜とすれちがつた際その注意義務を怠り速度を落さなかつた過失に基くものなりとなし、被控訴人は控訴人の牛は当時交尾期にあつて躁暴性を帯びていたのであるからそれを曳いて歩くのがそもそもの不注意であり、しかも被控訴人が警笛を鳴らし徐行していたのに依然として歩行を続け、道路南側の田圃に完全に避難し得たのにそれもせず、自動車と牛とがすれちがう段になつて慌てて牛の鼻口を掴み停止したが、牛が交尾期で興奮し、尻を動かしたから自動車に触れて擦過傷を負つたので全く控訴人の過失に出たものであると抗争するので判断する。

原審証人小林運平、下多数美、植田穰の各証言、原審並に当審における控訴人本人尋問の結果(各一部)、原審における被控訴人本人尋問の結果(一部)に当審における検証の結果並に弁論の全趣旨を綜合すれば、右県道の幅員は二間に過ぎず、本件貨物自動車と牛とが辛うじてすれちがいのできる程度であり、事故発生個所は道路に沿い北側に額田病院の高さ一尺七寸位幅一尺四、五寸の石塀が設けられてあり、南側に一尺余下つて田圃があつて当時水稲が相当発育しており、牛を南、北いずれにも避難させることが困難であつたこと、又該地点を中心として西方は約一町半、東方は約一町に亘り道路はほぼ一直線をなし、その間は容易に前方を見透し得たところ、控訴人は前記牝牛が発情期にあり交尾させるためこれを曳いて西方に向つて歩いていた際、約一町前方より被控訴人の運転する自動車が進行してくるのを認め、牛を道路の南側(自動車に向い左側)に寄せ牛の前方に出て自動車に背を向け鼻口を握つて自動車の通過するのを待つていたこと、ところが被控訴人も一町半程手前より控訴人が牛を曳いて歩いてくるのを認め、警笛を鳴らしたが、控訴人が牛を道路の南側(自動車よりみれば右側)に寄せその前方に出て牛の鼻口を握つて自動車を避ける態勢をとつたので従来の経験より推して無事通過し得るものと軽信し、時速三〇粁位の速度を落さずそのまま運転進行したところ、遭遇通過するに際し牛が自動車に驚いて暴れたため自動車に接触激突しよつて前示傷害を蒙るにいたつたことを認め得べく、前顕各当事者双方本人の供述中叙上認定に反する部分は当裁判所はこれを措信しない。他にこれを左右するに足る証拠はない。しかるところ牛が自動車の爆音疾走等に驚愕して暴れることは往々にしてあり得るところであり、殊に前段認定の如く事故発生地点は県道上とはいえ幅員二間の狭い道路上であるから自動車と牛が遭遇通過する際衝突の蓋然性あることは当然予測し得べく、従つてかかる場合自動車を運転する者は極力速度を落して徐行し、衝突の危険の有無を確認し、場合によつては停車して牛が通過するのを待つて進行する等適宜の措置を講じ事故発生を未然に防止すべき義務があるのにかかわらず、被控訴人は従来の経験より推して衝突することなしと軽信し、時速三〇粁の速度を落すことなくそのまま自動車を運転進行したため前記事故が発生したのであるから、とうてい過失の責は免れず、よつて牛の負傷に原因し控訴人の蒙つた損害を賠償する義務はこれを辞するわけにはいかない。他方において前示牝牛は発情期にあつたのであるから、外部の衝撃に対し特に敏感であつたものと認むべく(この点に関する原審の控訴人本人の供述部分は措信できない)、これを曳いて道路を通行すること自体が被控訴人主張の如く、控訴人の過失とは解し難いけれども、前記の如く幅の狭い道路を通行する際には控訴人においても車馬の往来に一層用心し、絶えず前方を注視し、貨物自動車の進行してくるのを認めたような場合には若し附近に安全な待避場所があればそこに避難して自動車の通過するを待つかそれがなければ自動車と遭遇したときにおいて牛が驚愕して暴れても衝突しないだけの用意を整える等深甚の注意を払い事故の発生を防止する措置を構ずべき義務あるものといわねばならぬ。前段認定の如く道路は一直線をなしていたのであるから、控訴人にして前方を注視を怠らなかつたとすれば、控訴人が現実に自動車の進行に気付いたより以前においてこれを認め得た筈であり、検証の結果によれば事故発生個所より東方約五〇尺の個所にある検証調書添附図面記載(ホ)点同所甲本いま方前には道路との間に約三、四間の空地があり諸車の避難が可能であることが明らかであるから、そこに待避しておれば安全に自動車を通過させ得たことが認められる。しかるに前段認定の事実によれば、控訴人は不注意にも自動車の来ることに早く気付かなかつたため前記場所に待避もしないで進行し、本件事故発生現場のごく近くで始めてこれに気付いたものの単に自動車に背を向け牛の前面に出て鼻口を握つて漫然自動車の通過を待つていたのみで、それ以外には何等の危険防止の措置をも構じなかつたのであるから控訴人も亦注意義務を欠いた謗を免れない。即ち本件事故発生については控訴人の過失も、原因を与えたものといわざるを得ないから損害賠償額の算定については当然これを斟酌すべきものである。

よつて進んで損害額について判断する。

前顕甲第一号証、成立に争のない同第二号証、原審における証人山本友三郎、灰原弘の各証言前示原審並に当審における控訴人本人尋問結果及び右証人灰原弘の証言により真正に成立したものと認める同第三号証を綜合すれば、前記事故発生直前の牛の役牛としての時価は五〇、〇〇〇円であつたところ、負傷の直後獣医師の診断により治癒すれば或る程度の使用に堪え得るとのことであつたので治療を受け治療費として合計三、八〇〇円を払つたが結局耕作に使用することはできなかつたので控訴人はこれを廃牛として同年一〇月始頃二〇、〇〇〇円の相当時価を以て他に売却したことを認めるに足りる。控訴人は治療費として合計五、六五〇円の支払をしたと主張するが右主張に副う控訴人本人の供述部分は措信し得ない。

以上控訴人の支出した治療費三、八〇〇円及び負傷直前と売却当時における牛の価格の減少による差額三〇、〇〇〇円合計三三、八〇〇円を以て被控訴人の不法行為による控訴人の蒙つた損害と認めるを相当とする。被控訴人は治療費は一、〇〇〇円位であり牛の時価は減少していないというが右事実を認むべき措信するに足る証拠はない。控訴人はそのほか牛の負傷により昭和二四年度の麦播に他に牛耕を依頼した人夫賃一、〇〇〇円の損害を蒙つたと主張するが、前記の如く本件牛を売却したのはその年の一〇月始頃であるから、右麦播のため牛耕を依頼したとしても牛を売却した後であることが推察できるからその失費と控訴人の不法行為との間には相当因果関係はないものというべく従つて右請求は失当というのほかはない。又牛の治療のため病院等へ赴き仕事を休み、よつて二、〇〇〇円の損害を生じたと主張するがこれを認めるに足る証拠はないからこの部分の請求も失当たるを免れない。そこで上叙損害額に控訴人の過失を斟酌し被控訴人の控訴人に対する損害賠償債務は二〇、〇〇〇円と認めるを相当とする。しかるに被控訴人はその後控訴人との間に裁判外の和解契約を締結し賠償債務は一、五〇〇円に減額され、それ以上の支払義務はないと抗争するのでその当否につき判断する。同年一二月二三日本件当事者間に賠償債務に関し被控訴人は控訴人宅に一、五〇〇円を持参支払う旨の和解契約が成立したことは当事者間に争なく、右事実と原審証人植田穰、河野茂市の各証言及び前示控訴人(原審但し一部)並に被控訴人(一部)各本人尋問の結果を綜合すれば、前記和解契約が成立するにいたつた事情はその後被控訴人より誠意ある賠償方の申出をしなかつたので控訴人は被控訴人宅において損害賠償につき折衝し、控訴人は三一、〇〇〇円を要求し、被控訴人は治療費の半額程度を主張し折合がつかなかつたところ、訴外河野茂市が控訴人に対し本件の事故は双方の過失により生じたものであるから円満に解決しては如何と勧めたので控訴人は右訴外人に解決方を一任したこと、ところが同人は被控訴人の支払うべき金額を一、五〇〇円とする案を示し、これに対し控訴人としては大いに不満であつたが右訴外人の顔を立て不本意ながらこれを承諾し、被控訴人は勿論異存なく、結局被控訴人は控訴人に対し右和解金は同月末日までに控訴人宅に持参支払う旨の和解契約が成立したものであること、しかるに被控訴人は右期日を過ぎても履行しないので、控訴人は翌昭和二五年一月六日催促したところ同月九日まで猶予を求め、更に同日被控訴人宅に赴いたところ更に同月一五日まで待つてくれと懇願したので控訴人もこれを承諾したが、確実を期し同日までに支払なきときは契約を解除する旨の意思表示をしたのにかかわらず被控訴人はまたまた同日履行をせず重ねて控訴人に対し同月末日まで猶予を乞うたので控訴人も立腹してこれを拒絶し念のため同日契約解除の意思表示をしたことを認め得べく右認定に反する当事者双方本人の各供述部分は当裁判所の措信し能わざるところ、他これを動かすに足る証拠はない。

被控訴人は和解契約において履行期は一応同年一二月末日とされたがそのときにいたり都合が悪るければ翌昭和二五年一月一五日頃即ち中旬と決めてあつたので、はつきりと一五日と定めたものではないというけれども、右主張に副う前示被控訴人本人の供述部分は前顕各証拠と対しとうてい措信し得ない。しからば本件和解契約は遅くとも昭和二五年一月一五日の経過とともに有効に解除されたものというべきである。そして和解契約において該契約上の義務を履行すると否とにかかわらず争となつた債務のその余は免除する等特別に債務消滅の意思表示のなされない限り和解契約が債務不履行により解除されたときは旧債務金額につき支払義務あるものと解するから、被控訴人は控訴人に対し前段認定の金二〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白である昭和二五年二月二六日以降支払済にいたるまで年五分の割合による損害金支払の義務はとうていこれを辞するに由なく、控訴人の本訴請求は如上認定の限度において正当として認容すべきもその余は失当として棄却すべく、これを全部棄却した原判決は不当であるから一部変更の上訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅芳郎 判事 林歓一 判事 浅賀栄)

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